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停められない工場もお茶の時間は停まった話  佐々木滋郎(ささき しげお) 89年1月号 文藝春秋(2)

昭和30年代前半は外国出張というと、バンザイ三唱で見送られた時代です。外貨も乏しく海外に出ること自体容易ではありませんでしたが、私は当時セメント工場の技術指導を求められて、費用一切向こう持ちの外国旅行を、経験しました。

これは、ニュージーランドへ行ったときの事です。仕事はセメントの品質を向上させるためのスーパーバイズなので、改善箇所を指導したり、ノウハウを教えたり、いろいろやっていましたが、何週間経っても全然、良くならない。これでは、人質になってしまうと焦り始めた。私は、一室をあてがわれ、お茶の時間はそこで休んでくれと言われて、部屋に引き上げていたのですが、ある日、親しい技師から自分の部屋でお茶を飲まないかと誘われました。その彼の部屋に行って、ふと外を見た私は、愕然としました。間近に見える煙突から煙が出ていない。これは大変、故障だ、お茶など飲んでいる場合ではない!と立ち上がると、その技師は言ったものです。今は、お茶の時間だから停めてあるんだ、と。

私は、ことばが出ませんでした。セメント工場は、24時間連続運転が常識で、一日に何度も停めるということなど想像すら出来ないうえ、自動記録計もない時代だったので、気がつかなかったのです!ところが、この工場では、食事とお茶の都度停めていたのですから、それがすべての原因でした。

早速工場長にねじ込みましたが、工場長は、労働協約で、停めないわけにはいかないの一点張り。そこで私が組合幹部に誠意を尽くしていかに連続運転が重要かを説きました。相当難航したものの、組合もスイッチお開閉が省ける・・・・と言う理由で納得したのですが、大変なカルチャーショックでした。

しかし、これほどのゆとりを大切にする考え方もあるのかと、目を開かれる思いをしたのも事実です。

佐々木滋郎