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目薬瓶入りの醤油が日本の海外市場をひらいた話  佐々木滋郎 (3) 文藝春秋 89/2月号

目薬瓶入りの醤油が日本の海外市場をひらいた話 佐々木滋郎 (3) 文藝春秋 89/2月号

日本の高度経済成長前夜の海外活動には、今では考えられない珍談奇談がいっぱいあります。

昭和30年代にトルコへセメントプラント輸出の交渉に行ったときのこと、数時間交渉相手の役所で粘った結果、ようやく先方の工場を訪問しても良いということになりました。ところがその時は日没を過ぎ、そのうえ、吹雪。でも、千載一遇の機会ですから、すぐにでも出発しないわけにはいきません。そこで日本大使館へ報告に行くと、書記官が「佐々木さん、腕時計を見せて下さい。」というのです。みせると、こりゃだめだとつぶやいて、今度は口を開けろと言います。一体なんですかと聞きましたら、いやこの飛行機は、よく落ちるんですよとすましています。大使館としては、万一の場合、身元確認が大変です。あなたの時計のバンドは革だから焼けてしまう.だから金歯を見せてもらいましたと言われた時は、まったくいい心地はしませんでした。

 

その旅でもなんとか無事だった私はある日、日本の某商社マンと現地の食事を共にしました。活きのいい魚が食べられるという店というので喜んだ私は、故国の味を偲ぼうと煮魚を注文しました。ところが、ボイルドといって持ってきたものは、ただゆでただけ。味がなく食べられたものではありません。すると、私の連れはやおらポケットから目薬の瓶を取り出し、あっけに取られている私の皿の上に数滴、垂らしてくれました。それは、醤油だったのです。日本人は、醤油さえあればどこへ行ってもたいていのものは食べられる、だからこうして持ち歩いているんですという説明でした。

海外に日本食も醤油もない時代、カバン一つで飛び回っていた商社マンたちは、こんな苦労をしながら市場を開拓していたのです。別れ際に何かお礼を送りたいと言った私に、彼は、目薬の瓶でいいから醤油をお願いしますといって笑いました。

佐々木滋郎